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動画マーケティング視点で分析する“見られる映像”の条件

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映像の世界のめまぐるしい変遷

かつて一家のリビングに一台ある箱型の映像を映す機械が、現代ではポケットの中で時と場所を選ばずに世界中の映像を自由に検索・視聴できる機会へと変化した。一重に映像作品といっても、さまざまなコンテンツで溢れかえる令和の時代においてはかなり大きな括りである。ゆえに発信者側に求められる情報の正確性、伝え方、表現の仕方が映像の価値を大きく左右するようになった。

かつての映像制作職はかなり専門的で独特と言える職種であった。私が映像制作を学んだ十数年前ですら仕事が終わらず家に帰れない日が続いたり、段ボールを布団代わりに夜を明かす生活に耐えたりすることがあったり。そんな過酷な日々の中でただ目の前の仕事をこなすだけでなく常に更新される新しい技術を習得しなければ付いていけない世界であった。今はコンプライアンスで緩和された職場環境になっていることは、また別の話。

それからわずか十数年で映像制作を取り巻く環境は大きくそして激しく変化した。例えばWindowsに馴染みのある方は「ムービーメーカー」という購入当初からインストールされているソフトをご存知だろうか。Macであれば「iMovie」である。友人の結婚式などでお祝い動画を作る際、直感的な操作である程度のクオリティの映像を作ることができるこれらのソフトは、多くの人にとって自分の内なる能力への希望を膨らませてくれたことだろう。

手のひらの上で簡易に編集した動画が世界までも動かす可能性を秘めている。かつてPCの前で四苦八苦した「オーサリング」や「DVDへの書き込み」なんて言葉は気にしなくていい。頭に浮かべる必要すらない。映像環境の進化の速さ、激しさは感銘を通り越して恐怖を感じるほどである。

動画マーケティング視点で“見られる映像”の条件を分析していく

そんなめまぐるしく変化する映像の世界においては「人々に見られる動画の条件」もめまぐるしく変化している。特に近年次々と世に送り出される新しい映像技術の数々はチェックしても仕切れないほどの進化を見せている。ここからは「動画マーケティング」を成功させる上で欠かすことのできない4つの視点から「見られる動画の条件」を分析していきたい。

①「撮影の役割」という視点
②「照明の役割」という視点
③「音の役割」という視点
④「衣装の役割」という視点

①「撮影の役割」という視点から

映像制作者の誰しもが映画やドラマの名作に用いられている撮影技術に魅了されてきた。その技術は受け手にとって最大限の効果を発揮し、作品への魅力を倍増させている仕掛けだったりもする。私にとって三谷幸喜監督・脚本の「大空港2013」がまさしく”それ”であった。完全にネタバレを含むゆえ、これ以降の内容は注意して見て欲しい。

https://eiga.com/movie/80342/

カメラマンという職種には多くの難儀が付き纏う。緊迫した状況に伴う手ぶれや、屋外に出た瞬間に画面が真っ黄色、または真っ青になる(ホワイトバランスが一瞬にして崩れさる)ということは日常茶飯事。めざましい頻度で訪れる困難の中でこの作品は、105分にわたるストーリー をワンシーン・ワンカットで作り上げているのである。

中でも“バレ消し”という言葉をご存知だろうか?

撮影時に画面内に映ってしまった不適当な物を合成によって消す作業である。撮影する上で映り込みという問題は避けては通れない道であり、ワンカットでの撮影において特に難儀以外の何者でもない。その強烈な難儀を巧な撮影技術で見事に避け続けて映画に昇華した作品がまさにこの「大空港2013」なのである。

上記のような作品にみられるテクニカルな撮影手法はたとえ“短期的”な効果は得られなかったとしても“恒久的”に脳裏に刻まれ、コアなファンを獲得したり映像作品においてランドマークのような立ち位置を勝ち取る事もありえる。動画マーケティングにおける撮影技術は技術者のみに与えられた新たな可能性であり大きな武器ということだ。

②「照明の役割」という視点から

いきなりだが、スマートフォンを持った主人公のカットをイメージして欲しい。そのカットには主に2つの視点が存在しているとしよう。スマートフォンを見る主人公を映す”客観視点”。そしてその画面自体を映し出す”主観視点”である。その中でもPOV(point of view)と呼ばれる主観視点はまるで視聴者が映像の世界を体験しているように感じる。圧倒的に臨場感を表現しやすい撮影技法と言われている。

その上でこの映像を見てほしい。特に、冒頭16秒あたりから始まる主観視点にご注目いただきたい。

背景が若干暗くなっている事にお気づきだろうか。そしてバスの臨場感を加味するために窓から差し込む光を演出している。スマートフォンを操作する主人公に合わせたライティングはそこに表示されている内容を映すシーンのライティングと同じままではいけない。他にも、そのわずか1秒前のシーンでは画面に映し出されている内容がカラフルなのに合わせてそのカラフルなカラーが顔に反射しているように見えるライティングが施されている。

小規模なプロダクションにとってこの照明技術は蔑ろにされがちでいち早く予算が削られる傾向にある。しかし動画の印象を左右するのは明らかに照明技術であり、大小規模問わず名作と呼ばれるコンテンツには同じ数だけ有能な照明技師が力を尽くしている。特にドラマやCMにおいて現実の世界に即した小道具が用いられる事はよくある。近年圧倒的に用いられる小道具がスマートフォンだ。このブログをそれに類する端末でお読みになっておられる方も少なくないだろう。

同じ場面でも、撮影シーンに応じて照明のセッティングや手法を変える必要がある。受け手によっては何の変哲も感じないが照明技師の仕事が存分に発揮されている事を見てとれるシーンの一つだ。現実に起こり得ない光をそこに発生させる彼らの仕事はまさにプロフェッショナルである。動画マーケティングにおいて照明技師の果たす役割は”受け手の視点を操る”こと。そこにメインの人物や商材が存在したり巧妙な物語の伏線を張る為の手段だったりもする。

その全ては最終的にアウトプットされるコンテンツの圧倒的な質感であったり、視聴者の心を見ず知らずの内に繋ぐ一手になっていることであろう。映画館から出た後に「ストーリーがイマイチだったな」と感じる作品は、脚本の問題だけではない可能性もある。これは逆も然り。映画を「面白かった」と感じたとき、それは照明技師の作り上げる世界に満足感を得たおかげなのかも知れない。多数の要因が複雑に絡まり合って「見られる」は醸成される。

③「音の役割」という視点から

普段の生活の中で聴覚が脳内のイメージをつくりだすシーンは少なくない。風鈴の音で季節を感じたり、電車を待つホームのご当地メロディーで有名人を連想したり。街中で煌びやかなトラックから特徴的な音楽が流れていると、少しアダルトな高収入バイトだと気付くものである。映像の中においてもその役割は様々で、ドラマの主題歌で明るいストーリーを連想させることもあれば、聴き馴染みのないSEがその作品の特徴になる事は少なく無い。またCMにおけるサウンドロゴの役割は大きく、ブランドイメージを確立させる一つの象徴になる。

動画マーケティングにおいてそれはどう活用されるべきか。一つは舞台となる土地の演出である。新海誠監督・脚本の「天気の子」では新宿の町が色濃く反映されている。先に触れた煌びやかなトラックや都営バスの描写が、SEの部分までしっかり描写される事によって、ある意味で現実世界のその場で生きる人たちへの「ターゲティング広告」のような役割を果たし得ると思っている。

(※ターゲティング広告=年齢・性別・住所などのユーザー属性やWebサイトの訪問履歴を条件にしてユーザーに最適な内容を表示できる広告)

また“音の役割”は視覚に左右されない方法としてマーケティングミックスを担えるツールの一つでもある。運送業を営む人たちにとって“ラジオ”の果たす役割は大きく、生活リズムの一つとして刻み込まれているだろう。一つのコンテンツを多くの媒体で発信できれば効率の良い打ち出しが期待出来るだろうし、集積できるデータの数も増加しデータドリブンマーケティングの最適解へと近づくはずだ。

(※マーケティングミックス=マーケティング戦略において、望ましい反応を市場から引き出すために、マーケティング・ツールを組み合わせること。)

(※データドリブンマーケティング=企業の経営やマーケティング活動などに関する判断・行動を、商品の売上数や傾向、Webサイトでのユーザーの動き、顧客の属性・嗜好といったさまざまなデータに基づいて決定するビジネススタイルのこと)

アートに近い分野ではあるが全て人間の口から発する音のみで物語を完結させるという映像作品も存在する。『三鷹の森ジブリ美術館』「映画展示室土星座」において展開されている『ジブリの森えいが』の作品のひとつ「やどさがし」だ。

https://www.ghibli-museum.jp/cinema/works/

この作品の紹介文にはこのような文言が並べられている。

“セリフがほとんどなく、すべての音声(音楽・効果音・セリフ)を人の声だけで表現します”

NETFLIXがあらゆるニッチで世界を埋め尽く(す)そうとしているように、動画コンテンツの副産物としてではなく、主な部分を“音”というニッチなコンセプトで企画することによって、多角的な視点から動画マーケティングを進める事もできる。そんな学びを与えてくれる最高の教材がこの「やどさがし」というわけだ。

④「衣装の役割」という視点から

今回の記事においてこの小見出しは少し異色であるが、「制作」や「編集」に関する項目の方が適正な中でこの項目を選んだのには理由がある。映像コンテンツにおいてストーリーの伴う作品は非常に多い。極端に言えばほぼ全てと言っても過言では無い。そんな中でも登場人物にキャラ設定を持たせる”衣装”はとても重要な要素になってくる。

1985年に公開された「バック・トゥ・ザ・フューチャー」の衣装にはキャラ設定のみならず、多くの仕掛けが隠されている。マイケル・J・フォックスの履くNIKEの「ブルインレザー」や、靴紐を自動で結んでくれるパワーレースの搭載された「エアマグ」に憧れを寄せた当時の若者も少なくないだろう。

https://eiga.com/movie/47965/

衣装デザインを務めたデボラ・リン・スコットの時代考証と作品の展開を予期させるスタイリングはとても巧妙に練られている。登場人物のカラーや当時流行していたスタイルのみならずその後のシリーズにおける展開までもが衣装に反映されている。“キャラ設定”はその道に精通する人たちへのリスペクトが表れる。近年では2016年に公開された「ちはやふる」における衣装が登場人物のキャラ設定を上手く反映していたように思う。

https://eiga.com/movie/82125/

着物を着て「カルタ」に挑むシーンを思い浮かべられる方も多いだろう。特筆すべきは練習シーンでのスタイリングである。スポーツをするシーンにおいて衣装で差分化を図ることは特に難しくはない。ただ、それが一人か二人であるならば。ところが本作では幾十人もの高校生が登場し、それぞれの個性が際立つ衣装を身にまとう。そんな中で主人公役の女優広瀬すずさんが着用されているのは“NEEDLES/ニードルズ”という日本のブランドのトラックパンツだ。

デザイナーの清水慶三氏が「ジーンズの代わりになる“新しい定番パンツ”を」と発売した今もファッショニスタを中心に人気の製品である。ただ、高校生が部活動の練習で着用するのには少し違和感の感じる価格帯でもある。しかし三部作の「ちはやふる」でこのボトムスを借用しているのは主人公のみであり、作品における彼女のマイペースな部分やオリジナリティを加味したスタイリングを考えるとこのボトムスを着用している事に妙に納得した。

服飾に携わる者へのリスペクトと作品をより良くしようとするスタッフの意思がより濃く反映された作品であった。

こうして私が記事に起こさせていただいているのもその技術と演出に魅了された一人だったからである。「バック・トゥ・ザ・フューチャー」や「ちはやふる」をはじめ、当ブログで紹介させていただいた作品は皆、紹介させていただいた作品の技術や演出に魅了された一人。

最後に

幸せな人生の秘訣とは「変化を喜んで受け入れること」

俳優ジェームズ・ステュアートの名言である。中学生の時に初めて買ったSONYのMDウォークマンは僅かな社会への反発心と音楽の好奇心を助長するもので80分のストレージにはたくさんの思い出が詰まっている。今ではYouTubeで気になった曲を聴きMVを手軽に見れるそんな時代。ストレージの概念すら希少である。

映像業界、ひいては映像を伴うコンテンツ全てにおいても変化は必須である。ちょっとした考え方や工夫でクリア出来るものもあれば、抜根的な改革が必要なケースも少なくない。先人たちが培ってきた技術力と、時代と共に変化するトレンドを捉え続けることによって映像マーケティングは進化し続ける。その小さなこだわりやアイデアは、きっと誰かに届く事であろう。