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トゥモローゲート 評判 とか調べるくらいならこれを見ろ(中編)

トゥモローゲートの評判が知りたい?

おはようございます。池田リョウです。

2022年までに「大阪で一番オモシロイ会社」を目指すトゥモローゲート株式会社の役員です。

社内の二大部署のひとつ「意匠制作部」のゼネラルマネージャー(以下GM)をしています。

最近の僕といえば、お盆休みのこどもの「遊んで〜」を笑顔で交わし続け、オリンピックには目もくれず、本を読んだり、ツイートを研究したり、活字ばかりと戯れる日々を過ごしています。(執筆時は8月上旬)

そんな日々のなか、最近グサッと来たフレーズは、、

やさしい人ほど人をかんたんに傷つけられる。
やさしい人はどうすれば人が傷つくかをわかっているから

という映画2本分くらいの情報量を持った48文字です。
言葉の強さを感じるばかりです。

言葉(文字)は強い。いくら検索しても答えとして出てくるのは文字。
映像であっても、最近は情報として脳内に入ってくるのは文字(テロップ)。

トータス松本 「明星」ではこう綴られます。

パソコンがなんだ 検索がどうした

答えは見つけたか

最終電車で拾ったマンガを読んだら

涙が止まらない

腹が減ったな なんか食べたい

なんか食べよう あったかいものを

【引用:トータス松本「明星」より歌詞一部抜粋】

なんでも検索すると情報が出てくる時代。
検索結果でもマンガにでも感情はたくさん揺さぶられるんだけど、やっぱり生き物としての本能や欲求を大切にしたい。お腹空いたし、なんかさみしいなら温かいものが食べたくなる。うん、これが人間らしさなんだ。

全部間違いでもないけど、ムダでもないけど、いろんなものに振り回されずに自分らしく生きようぜと。

僕は勝手にこう解釈している。知らんけど。

ブランディングの本質です。

なにする?どうやってやる?よりも、なんでそれやるの?です。

かっこよく/おもしろく生きたいからトゥモローゲートではたらく。
そんな人が増えればいい。

これからトゥモローゲートの歴史(中編)を綴りますが、これだって要はただの文字情報。
ウソかもしれません。大げさかもしれません。

この情報をどう感じてどう使うかはアナタ次第です。
伝えたいことはそういうこと。
パッションですよ。ん~!ん~!

中編、続けます。
(前編読まないとわかりづらいと思います)

トゥモローゲートの評判
※前編はこちらから

トゥモローゲートの歴史について(池田視点)

会社を退職するという意味

僕はトゥモローゲートから去った。
当時心斎橋にあったトゥモローゲートから勤務場所はそこまで大きく変わらず、主にネット広告を扱うデジタルマーケティングの会社へと身を移した。退社を決めた理由はただひとつだけ。デザイン以外の新しいスキルを身につけようとしていた。トゥモローゲートのなにが嫌なわけでもなく、僕がただ自分本位に本能的に動いた結論だった。

会社を「退職する」というのは「離婚する」みたいなもので、人それぞれの価値観がある。

一度契約したことを破棄すること。

「決めたことは貫き通せ」という人もいれば、「自分の人生だろ?生きたいように生きろ」という人もいる。どっちが正解ってわけでもないけど、僕は後者をモットーとして40年間生きている。

好きな言葉は樹木希林さんの「一切なりゆき」。
人間でも一回、バカなことしてダメになったくらいの人が“らしくて”好きだ。

トゥモローゲートから移った新しい会社。前述の話からするとダメになった人もそれはそれで魅力的という話だが、わざわざダメ人間になる必要はない。

だがしかし、実はこの時期に僕もダメになった。

新しい会社では自分の無理もあって精神的に病んでしまった。完全に自爆。足が動かない。会社や働く社員たちは好きだが心が追いつかない。涙ならいくらだって出せる。人前でも。そんなことを初めて経験した。

つらくもあったがそれも経験として意図とは違ったスキルと変わり、今は役立っている。深くは語らないでおこう。

会社に復職するという意味

目尻が毎日のようにウルウルとしていた湿度の高い日々は過ぎ、気づくと僕はトゥモローゲートにいた。

夢オチ…。

というオチがあるわけでもなく、僕は紛れもなくトゥモローゲートを退社し、新しい会社に身を置き、自業自得で潰れ新しい会社を退社し、またここにいる。

「離れてみないとわからない」とは恋愛ではよく聞くセリフ。だが、今回に関しては「別れたい」と言って別の相手へとニャンニャン走り去っていった僕を、元のパートナーは果たしていともかんたんにまた受け入れてくれるのか。

さらに、恋愛では高確率で元サヤにしあわせは残っていない。実は残っていたのは付き合った当初の甘い記憶だけで、たとえ戻ったとしても不安だけが拡大しその当初の甘さは戻ってこないものだ。(わかりますか?)

新しい会社を退社したのち、僕は病院を終えたその重い足で西崎のもとへ向かった。
西崎が待つ場所は奇しくもいや狙いあってか、僕が入社した時に最終面接をしたカフェだった。

僕は暗い顔を引きずりながら、更にドス暗い当時の気持ちを西崎に吐露していた。何を話したかは覚えていない。ただきっと不幸自慢と遠回りの愛の告白(また働きたい)をしていたんだと思う。

「池田はどうしたいの?」

何がどうであれ、どんな経緯があったとしても、いまお前はどうしたいんだ。
ほんの少しだけ苦い顔をしながら西崎はそう語りかけ、さらに僕に話をさせる。

僕が自分で考えて決めたことを伝える。

そしてどんな答えであっても西崎はそれを受け入れる。そのシナリオだけはもう予想できていた。
西崎はそういう器のデカい男だ。

・・・・・

その先はもう覚えていない。僕はやっぱり夢を見ていたんだ。気づくと僕はトゥモローゲートにいた。

会社愛の形

新たなスキルの追求から始まった僕の退職さわぎ。

自身の成長や拡大は、お金を稼ぐ/生きるにおいて大切なこと。

ただ、誰と働くか、どの空間で人生を過ごすかも同じように大切。今回の件で僕が本当に強く感じたのは、手に取れるようで指からさらりとすり抜けるなんとも形容しがたいこのフィーリングだ。

新しい会社はいい会社だった。尊敬できる社長がいた。意識が高い社員ばかりだった。かならず成長できる、そうも感じた。しかし、別の次元でトゥモローゲートにあるなにかが無いとも感じた。無いから悪いわけではなく、ただ単にそのフィーリングに違いがあるのだ。

もしかするとそれは「愛」なのかもしれない。家族にもよく似た「愛の形」。

新しい会社も決して社員同士の空気が悪い会社ではなかった。ただし会社→社員、社長→社員、社員→社員へのそれぞれの愛の形はそれぞれで違っていたようには感じる。まぁそりゃそうだよね。何度もいうが悪いことではない。

トゥモローゲートで働いてみたいという人のためにも「西崎の愛の形を」共有しよう。

採用のときもよく話を聞くが、すごく単純明快な例えで「そいつが川で溺れていたら助けたいと思えるかどうか」。今の社員なら誰であってもそのシチュエーションに出くわせば助けに行く。じゃあこの新しく採用する社員はどうだ?

夫婦のように同じ夢を追い求め、毎日の生活をともにし、長い時間を歩んで行くだけの血縁としてのつながり(例え)を感じられるかどうか。

恋人同士の関係ではだめだ、いつでも別れようとしたら別れられる。それはきっといま必要なだけ。そこに未来を据えた決心は無い。

ともに歩いていく覚悟が必要だ。社員とはプロポーズを経て結納を交わした夫婦だ。話している目や表情を見れば、これまでの行動と結果を聞けば、その覚悟は手に取るようにわかる。

そんな言葉を西崎から聞いたわけではないが、単純明快な「川」の例えはそれをPOPに表現したものに違いない。その愛の形は90年代のトレンディードラマのように古臭いが熱くるしく愛くるしい。

トゥモローゲートは社長・役員・社員含め愛の形はおそらく類似している。みんながオモシロイことがしたくて、会社のことが好きで、社員同士が良くも悪くもボーダレス。個性は違えど本当に同じ人種が集まっている感覚がある。それぞれの会話のキャッチボールも大体は同じ速さだ。球速135km程度(日本最高速度は168km)で投げ合っていることが基本。遅すぎる人もいなければ速すぎる人もいない ※分かりづらい。感じて。

外からは見えづらいトゥモローゲート社員の特徴といえばこうだ。

・お昼ごはんは一人で取ることが多い
・声を荒げる人間がいない
・陰口を聞いたことがない
・複数人での飲みは少なく「誰と誰」のようなサシ飲み文化
・上司が後輩を飲みに誘うと喜ばれる(推測)
・就活したことない人が多い

僕はこれまでバイト含めおそらく30社以上渡り歩いたが、どこも社員同士の軋轢があった。トゥモローゲートは本当にそれがない。もちろん仕事は格闘技のようにシビアだがそれはそれ。みんなオトナだ。

そう、僕はこの空気感での仕事が好きなんだ。

第二期トゥモローゲート

前述の池田事件が落ち着き始めたこのころに新しくジョインしたのが、のちの戦略企画部のマネージャーであり、トゥモローゲートの全筋肉であり、西崎康平の弟である西崎隼平である。

入社時はヒゲはなく爽やか

当時の隼平少年ボーイは今と同様の爽やかな笑顔が売りだったが、入社時は幼さすら感じるほど爽やかで爽やかすぎて僕には眩しかった。

※ちなみにいまは貫禄が出すぎて黒光りで眩しい

当時福岡の外資系不動産で働いていた隼平は、すでに裕福で安定していた生活に刺激をプラスしたい、そして自身の子供に誇って語れる仕事がしたいと考えていた。

家族を持つ中で働く場所・そしてあまりにも違った職種への転職含め、この変化は決して容易ではなかったと思う。TG入社時は収入が●分の1になったというのはよく聞く話。

個人的には隼平入社後から、西崎の思いが解るようになってきた。言い方を変えると隼平に話す素の西崎のメッセージを隣で拾う事で感覚を養い続けた。

当時の役員陣3人は西崎⇔隼平+池田で絶妙なバランスを取っていたと感じる。二人は兄弟ゆえかよく意見はぶつかるし、それを予測してか自分の意見をまず僕に向けて話すことが多い。僕は各自の話をウンウンと聞き第三者としての意見を出すことで、西崎が方向性を確定し、隼平がまとめる。ざっとこんな感じだ。

戦略企画部と意匠制作部という大きな部署もこのタイミングで立ち上がった。

このあたりが第二期トゥモローゲートの始まりと勝手に名付けておこう。

当時は主要サービスとして「採用ブランディング」を謳っていたトゥモローゲート。

隼平率いる「戦略企画部」はクライアントニーズを引き出し採用戦略を企画・立案することがミッション。池田率いる「意匠制作部」は企画されたコンセプトに沿って、WEB、パンフレット、映像など様々な表現をするツールを生み出すことがミッション。

そんなあるとき、いつもの企画提案に向けての社内MTGではこんな事件がおきていた。

社員A
「これめちゃくちゃ面白くないですか?」

社員B
「これめちゃくちゃ面白くないですか?」

役員
「おかしい。何かがおかしい。」

平和だったトゥモローゲートで、何が起きている?

※トゥモローゲート 評判 とか調べるくらいならこれを見ろ(最終編をおたのしみに)

【トゥモローゲート 評判 とか調べるくらいならこれを見ろ(前編はこちらです)

この記事を書いた人

池田リョウ@ブラックな役員
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トゥモローゲート株式会社常務取締役。ブラックな企業のクリエイティブを統括する最高意匠制作責任者。バンドマンを経て30歳で上京し専門学校へ入学。WEBデザインを習得して帰阪し、2013年にトゥモローゲートに入社した。現在は意匠制作部の売上、スケジュール、工数管理、クリエイティブに対する意思決定を担当している。

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