デザイナーってみんな変わってるの?

デザイン採用

おはようございます。池田リョウです。

2025年までに「大阪で一番オモシロイ会社」を目指すトゥモローゲート株式会社の役員です。
大変僭越ながら、社内の二大部署のひとつ「意匠制作部」のゼネラルマネージャー(以下GM)をしています。

仕事といえば、黒のタートルネックを日々愛用し、ジョブズのごとく周囲に指示出しをするわけです。
もうそろそろクリエイティブのチェックをするのも疲れてきた毎日です。

そういえばジョブズがなぜ、いつもタートルネックを着ていたかご存知ですか?

ジョブズはアップル社内に制服を供給しようと、ISSEY MIYAKEにデザイン依頼。
しかし、社内でお披露目するととても不評でした。

いっそのことと、スタイル確立のために自分だけの制服を作ろうと知人であるデザイナー:ミヤケイッセイが着てた黒タートル群から気に入ったものを依頼。
すると100着ものそれが送られてきた、というのが語り継がれたお話です。

もう一つは経営者として日々の“意思決定”の質を上げるために、ムダな意思決定の省エネをしていたというのも有名なお話です。ジョブズにはまだまだ変人たる逸話はたくさん。

今日のテーマは「すごいクリエイターとその素性・性格の関係性」について。

ものづくりに励む人たち。通称クリエイター。

デザイナーを筆頭に、プログラマー、大工、建築士、バンドマン、エンジニア、陶芸家、画家、作家、板前などなど、挙げだすと意外とキリがありません。

この人たちの印象って「なんか怖そう」「多分変わったひとだろう」「なんとなく話しかけづらい」こんなイメージありませんか?

ただ、すごいクリエイターほど実は「変わったひと」じゃないんですよ。

答えは明確なんです。その答えは最後に。

さて、あなたは変わったひとですか?

トゥモローゲートの変わったクリエイターたち

大阪で一番オモシロイ会社を目指すトゥモローゲートは“変な会社”と自称する事も多い。

たくさんの個性(カラー)を持った社員が混じり合っているという意味もあり、コーポレートカラーもブラックなのです。絵の具やペンキなどは色を混ぜるほど黒くなりますよね。あれです。

デザイナーやクリエイターという職業は、お客様の「個性」を表現する機会が多い(と思われているよう)ので、イコール=変なひと・個性のあるひとが多いと言われることも多い。

それでは、トゥモローゲートのクリエイターたちはいかがでしょうか?

これまでのブログでは、こんな人たちのクリエイティブな人生が紹介されてきました。

①TGデザイナー:久米川裕二25歳

“デキる風”なデザイナーのウラを晒す4742文字。

https://tomorrowgate.co.jp/blog/1169/


②TGクリエイティブ・ディレクター:ヨミモノケイスケ

社員に取材したら、知らぬ間にクリエイティブディレクター養成講座になっていた話。

https://tomorrowgate.co.jp/blog/2192/


③TGエンジニア:金誠俊(キムソンジュン)

【徹底攻略】未経験エンジニアが内定を勝ち取るまで|トゥモローゲートの例

https://tomorrowgate.co.jp/blog/2343/


④TGフロントエンドエンジニア:高馬直広

【実話】スキルもスクールも不要?29歳未経験からWeb業界に転職した話

https://tomorrowgate.co.jp/blog/1411/


さて今日のクリエイター紹介は、トゥモローゲートに入社してなんとまだ3ヶ月の新人中途入社デザイナー。
さらに年齢は36歳。なかなかの年齢での転職です。

彼の人生を肴に、デザイナーって本当にみんな変わってるの?を紐解いていきたいと思います。

36歳・新人デザイナー川﨑とは?(漂流時代)

名前は川﨑貴文(カワサキタカフミ)。
あだ名はない。昔からあだ名がつけられにくい名前のよう。

誰かあだ名をつけてやってほしい(カワサキDMにて募集中)。
ホリエモンと同じ名前。奈良の都会の方に住んでいる。

以上。

姿・形はこんな感じ。


以上。

なんとなくいかつい。

なんとなくやさしそう。

なんとなくオトコマエ。

なんとなく仕事できそう。

なんとなくどこかで見たことある。

なんせ、この通称カワサキはつかみどころがない。

まだ入社も間もない昨年末のことだ。

「池田さん、twitterでこんなことをやりたいんです」

という鼻息荒い意気込みで、たくさん考えプレゼンしてくれた

“デザイナーに刺さる”カワサキツイート戦略【通称:オモシロイアートワーク爆撃】

は見事に3日で止まった。

当時、カワサキの鼻息荒い様子を感じ取った僕のツイート。



アートワーク爆撃 第1発目(1/11) 2022年ついに始まり!


アートワーク爆撃 第2発目(1/12) おお!連日頑張ってる!


アートワーク爆撃 第3発目(1/13) ここから続けていこう!


アートワーク爆撃 第4発目(未明) 業務多忙により見事に鎮火

カワサキに継続性がないという話ではなく(業務では非常に根性+信頼も強い)、あんだけの熱量もってプレゼンしてきたもんをよくもまぁこんな綺麗に3日で止めたな、と拍手がしたいのである。

※きっと今後なんらかの戦略があるのであろうと信じている

カワサキタカフミとは?

カワサキはグラフィックデザインもWEBデザインもコードもかけるデザイナー。

トゥモローゲートに入社する前は一人でデザイン業務を完結させることもできていた。
俗にいうフリーランスでもあった。

トゥモローゲートに入社するきっかけはおもしろく、フリーランス時代に保険に入る際ファイナンシャルプランナーに「カワサキさまと同じような生活スタイルで活動されてらっしゃる方がいますよ」と紹介されたのが、アートディレクター:ヨミモノケイスケだったというわけだ。

※神ですね、この保険屋さん。

ヨミモノも奈良出身でフリーランス時代の活動拠点も奈良だった、ということもあり信仰は深まり、そのままトゥモローゲートの門を叩きリファラル採用の形で見事入社した。

僕たちからするとカワサキは、フリーランスとして、そしてもともとは他社の制作会社のリーダーとして活躍し、ゴリゴリの敏腕デザイナーと認識していた。

しかし2月某日、事件は起こった。

僕は本ブログの執筆のためにカワサキの素性をもう少し細かく知りたく、取材を決行したが。

結論から話そう。

話せど話せど、ブログにインパクトを持たせる“ネタ”がなにも出てこないのだ。

デザイナー久米川なら「馬鹿みたいにドラえもんが好き」なドラえもんブラんディングの話、アートディレクターヨミモノなら「ひたすらロマンチックな名言製造機」、新人エンジニアコムなら「未経験でTGに受かるほどの愛情表現」など、それぞれのインパクトネタを持っていた。

僕は非常に焦った。

もちろんフリーランスだって、制作会社のリーダーだって嘘は一つもない。

カワサキの身は潔白だ。

ただし、この男。

普通だ。

デザインへの入り口

カワサキの職歴はわずか2社のみ。
デザイナーとしての人生。36歳でこれまでに2社だけの経験というのは比較的珍しい方でもある。

よく聞くIT・制作業界の平均勤務年数はおよそ3年程度。

それは「キャリアビルダー」や「ジョブホッパー」などと言われ、3年以内の転職を複数繰り返すことも珍しくない。転職基準に一貫性を持てば重宝され(キャリアビルダー)、なければ敬遠される(ジョブホッパー)。

永く務めることが美学だった昭和の風潮から一転。

この業界はトレンドや技術の移り変わりが早い。
一貫性を持って、様々な要件に対応できるスキルを積み上げた人材が重宝されやすい業界でもあるのだ。

幼少期からたまたま絵を描くことに慣れ親しんでいたカワサキ少年。

10代でもカルチャー、映画、PVなどを好んで見ていたカワサキは、これらが好きなある一定層の人種が辿り着く港でもある「レディオヘッド、ビョーク、ライゾマティクス、ミシェルゴンドリー、ウェスアンダーソン」などに憧れた。中でもUKの空気感が好きだった。

デザインに興味はあったものの勉強をしてるわけでもなく、経験もない自分自身が難しそうなアプリケーションを使って“デザイン”をするという感覚は皆無。

音楽に関しては友人も好きだからフェスにも通ったし、クラブにも通った。

友達のイベントでは見よう見まねでなんとなくフライヤーも作ってみた。

学祭では得意な似顔絵を描いたり、道ばたでも似顔絵を描く仕事もしてみたりした。

大学進学では自分が行けるであろう大学の中で、一番いいところにはチャレンジしてみた。

たまたま入れたという。学部は「経営学部」。

この選択に明確な理由はない。(なんでやねん)

同じ時期。

給料がいい!と、友達に誘われパチンコホールスタッフのアルバイトをはじめた。

仕事に慣れるにつれて「どうすればパチンコ店のお客さんが増えるか?」といったマーケティングの側面が、授業で学んだ経営のアウトプットを実践できる環境として面白く感じていた。

大学で学びアルバイトでアウトプットを繰り返すうち、次第にパチンコ店内では結果と信頼がついてきた。

23歳のころ。これまでなんとなくフライヤーや似顔絵を書いたりしていたこともあり、マネージャーから「デザインをやらないか?」と言われ、パチンコの店内のポップやポスターをつくるようになった。

これが、これから永く始まろうとしている、仕事としてのデザインの入り口だった。

イギリスでの大した経験

カワサキはパチンコ店でデザインとマーケティングに夢中になった。やりがいは増える一方、デザインの領域はパチンコ店だけにとどまらず、会社が別事業として展開していた飲食事業のメニュー等にも及んだ。

ここで「なにかがはじけた」とカワサキは言う。

やりたいことが明確になった瞬間、カワサキはもっと広い世界が見たいと即座に考えた。

ここからは無心だった。

カワサキ25歳。10代のころに憧れたカルチャー・音楽の地。イギリス。

語学留学としてこの地につき、半年間ただボーッとし続けた。

ボーッとし続けた。

ボーッとし続けた?

えっ

池田(インタビュアー)

「毎日何してたの?」

「ヤバい経験とかしなかったの?」

「そこでの経験で今があるみたいな話ないの?」

カワサキ(インタビュイー)

「いやー、そうですね。変わった環境で毎日楽しく暮らしてましたね」

「とくに大きなことはありませんけど、めっちゃ良かったですよ(笑顔)」

「笑!」

僕は疑問しか出てこなかった。

怒りに満ち溢れ、ハイボールをあおった。

自分の取材力をクソだと思った。

カワサキは言語化がヘタだ。

僕は人のせいにしようとも思った。

デザインを学びたい

とはいえ、カワサキのデザイン人生はまだまだ続いているようだ。

イギリス帰りのカワサキはデザイナーとしてのスキルをもっと積む必要がある、と考えWEBデザイナーの職業訓練校に通った。帰ったばかりで家もない状態。家賃も必要ない奈良の実家での暮らしをはじめ、恩返しとばかりに初めて自営業をしている親の仕事の手伝いもした。

カワサキは人生の中で、ここが「ターニングポイントだった」という。

皮肉なもので、パチンコ店でのデザイン経験でも、イギリス滞在でもなく、大人になってからの「親の仕事の手伝い」が自分が変わるきっかけと感じたのだ。

イギリス(海外)生活でよく感じたことで、大きな衝撃がひとつあった。

カワサキはこう語る。

「海外の人たちは自分の国のこと、暮らしている街のこと、身の回りのことをよく知っている。」

「日本人は自分の原体験に興味を持たない。なぜか背伸びして新しいことばかりに興味を持つ。」

「親の仕事を手伝うなんてこれまでは考えられなかった。だからこそ自分の育った環境や、地元を知りたいと思った。デザインを通して地元の人とつながりを持ちたいとまで思った。」

カワサキは実家の手伝いの傍ら、実直に街の人とコミュニケーションを図った。

すると「デザインは人のためにつくるもの」と、デザインに対する向き合い方が変化しはじめた。

職業訓練校ではこれまでの経験もありTOPクラスの成績だったが、途中で病気を患い退学した。

ただし、勉強は続く。

教材は使わなくなった職業訓練での教科書のみ。とてもエコだ。

地道にその教科書で、デザイン・html・cssを学んだ。

※失礼の無いように言いたいが、こういった場所で配られる教科書はとても簡易的なもの。
深く学ぶにはもっと新しい市販の参考書に目を向けるべきかもしれない。
(筆者池田も職業訓練校の経験があります)

カワサキはパチンコ時代の実績、知り合いを通したデザイン手伝い、地元を通したデザインなどをまとめポートフォリオをつくり、未経験ながらも見事WEBデザイナーとして大阪にある制作会社への就職を決めた。

27歳。
この会社に決めた明確な理由はなかった。(だからなんでやねん)

実るほどコウベを垂れる男(下積時代)

先輩はたくさんいた。

WEBデザイナーとしての第一歩を踏み入れたカワサキの会社には、ビジュアルデザインの得意なデザイナーの先輩がたくさんいた。とある業界のWEBサイト制作ではTOPを走る会社だった。

「業界内の名だたる有名店のサイトは、恐らくほとんど自社で作ってました」

そう言うカワサキはどこか誇らしげだった。

しかし、入社1年も経てばそれら先輩デザイナーたちはいなくなり、自分が会社を背負うことに。社内には自分よりも後輩の初心者デザイナーばかり。自分なりにデザインを教えていく。

会社の基準は「スピーディーな納品」。

なにもおかしなことではないが、カワサキ自身はどこか違和感を持っていた。

デザインに対しての自分の中での熱量と、
会社メンバーの熱量はどこかヒヤアツの温度感。

冷えたご飯にアツアツのカレーはうまいが、
ここでの温度差はカワサキの舌には合わなかったのかもしれない。

なぜこんなニュアンスなのかというと、
当のカワサキ本人はただ前を向いて立ち向かっていたように見えたからだ。

そう感じた理由。
それは、カワサキの口から出てくるのがこんな言葉ばかりだったから。

「後輩にデザインの本質を理解させてあげられなかった。」

「プロジェクトメンバーにゴールをしっかり見せてあげられない。」

「自分のやり方では会社を変えることなんてできない。」

「納品も大事だけど、同じくらい大切なことが他にもあるはずなんです。」

「でも、大切な想いの浸透なんてどうしたらいいかわからない。」

自分が非力な故に7年間働いた会社で何もできなかった。

ただただ自身でそう嘆く。

そしてこう続けた。

「トゥモローゲートの一日インターンに来たとき、僕は衝撃を受けました。」

「新卒メンバーやエンジニアが、僕のデザインにフィードバックをする文化にただ感動した。」

「バリューのひとつ『気持ちのいいあいさつをしよう』を見ただけで涙が出た。」

「仕事ってこうやって向き合うんだ、と改めて自分に言い聞かせることができた。」

「インターン前日ではなく、インターン終わった当日の夜がまったく眠れなかった。」

「入社後も一番楽しいのはフィードバックをもらう時。見えてないことに気付けることが成長。」

「(36歳で年下から指摘受けるのキツくない?に対して)指摘に反論するだけの想いを持ってないことが自分の課題です。」

出るわ出るわ。

名言。

バカ正直で、実直で、なんの捻りもない、まるで猪突猛進の嘴平伊之助だ。

「なんとなく」選んできたのではなく、出てくるものにただ立ち向かってるだけ。

僕は本当に羨ましく思った。

無欲でデザインを楽しんだ時期、フリーランスとして仕事としてデザインと向き合った時期、組織のリーダーとしてデザインと人に向き合った時期。

これらすべてを経験したからのこその境地なんだなと、僕は感じた。

デザインは自分中心で好きなようにするだけでは面白さは半減する。

何かを解決するために、誰かのためにあるものだから、どんな意見でも立ち向かうんだ。

【結論】デザイナーは変わっているのか。

現在、カワサキはトゥモローゲートでWEBデザイナーとして働いている。

毎日が楽しいようで、そんなことを聞いているだけでマネージャーとしてはとっても嬉しいことだ。(あとは結果を出せ)

このブログを書くにあたって、WEBデザイナーカワサキに改めて質問を投げかけた。

質問:どういう人にトゥモローゲートに来てほしいか。どんな人が来るべきか。

できればその場で答えてもらおうと思ったのだが、
「ちゃんと考えたいので宿題にしていいですか?」といった解答。

3日後。解答は来た。

おそらくカワサキなりにたくさんがんばって書いてくれたのだが、
トゥモローゲートとしてはあまりにも普遍的な解答だったのでここでは割愛しよう。

文量の「熱」はあったよカワサキ。。

終わりに。

すごいデザイナー・クリエイターほど実は「変わったひと」じゃない。

冒頭でそう答えた意味。

答えは明確なんです。

すごいクリエイターほど「変わらないひと」なんです。

世の中がどう変化しようとも振り回されず、自分のやるべきことを理解し、信念を持って突き進んでいる。

カワサキは「ジョブホッパー」にはならない。

変わったことをせず、ただマイペースにデザインを追い求めるだけ。

ごくごく普通に、ただただ永遠に。

僕は、次の「カワサキツイート戦略」が楽しみでならない。